厳粛な時
2009年7月18日(土)
いまどこか世界の中で泣いている
理由もなく世界の中で泣いている者は
私を泣いているのだ
いまどこか夜の中で笑っている
理由もなく夜の中で笑っている者は
私を笑っているのだ
いまどこか世界の中を歩いている
理由もなく世界の中を歩いている者は
私に向って歩いているのだ
いまどこか世界の中で死んでゆく
理由もなく世界の中で死んでゆく者は
私をじっと見つめている
隣人
2009年7月18日(土)
見知らぬヴィオロンよ お前は私を追っているのか?
どんなに多くの遠い都会で 既に
お前の孤独な夜が私の夜に語ったろう?
何百という人がお前を奏でているのか? それともそれはただの一人か?
あらゆる大都会には
お前がなくては もう流れのなかに失せそうな
そんな人々が住んでいるのか?
だが なぜいつもそれが私に出会うのだろう?
なぜ いつも私は
人の世はあらゆる物の重みよりも重いと
おびえながら 強いてお前に歌わせ
言わせる人々の隣人となるのだろう?
幼年時代
2009年7月18日(土)
待ちくだびれ 鬱陶しい物事にみちみちて
学校でのながい不安や時が流れ去ってゆく
おお 孤りぽっち おお 重苦しく時をすごすことよ……
そしてそれから校門を出ると 往来はきらめき鳴っている
広場には噴水がほとばしり
公園では世界が急にひろびろとひらける――
そしてあらゆるもののなかを小さい着物を着てゆく
ほかのひとたちが歩いていたり いったりしたのとは まったく違った歩き方で――
おお 奇妙な時を おお 時をすごすことよ
おお 孤りぽっち
そしてあらゆるものを遠くからのぞきこむ
男たちや 女たちや いろいろな大人たち
それから自分とは違って派手な服装をしている子供たちを。
それからそこには一軒の家があり 時どきは一匹の犬がやってくる
そして驚愕は声もなく信頼と入れかわって――
おお 意味のない悲しみよ おお 夢 おお 恐れ
おお 底なしの深淵よ
そしてみんなと遊び ボール投げや 輪投げや 輪廻しを
おだやかにたそがれてゆく公園でする
そして時どき 鬼ごっこをしているようなす早さで
盲目滅法に 粗あらしく 大人たちに触ってみたりする
けれども 日暮れには黙って 硬い 小さな足どりで
家へ帰ってゆく しっかりつかまえられて――
おお だんだん遠のいてゆく理解よ
おお 不安 おお のしかかる重荷よ
または幾時間も大きな灰色の池のほとりに
小さな帆前船を持ってひざまずき
そしてすぐにそれを忘れる なぜならほかの同じようで
もっと立派な帆前船が池を横ぎって走ってゆくから。
そして沈みながら池の中から現われる
小さな青白い顔を思わなければならない
おお 幼年時代 おお 滑り去ってゆくイメージよ
何処へ 何処へ それはいったのか?
世界はあった 恋人の顔の中に
2009年4月5日(日)
世界はあった 恋人の顔の中に
けれどもたちまち流れ出て
世界は外に 世界は捉える術も無い
ああ 何故私は吸わなかったか それをすくい上げた時
溢れる恋人の顔から
世界――私の口に近く 匂っていた世界を
いいや 私は吸ったのだ どんなに果てしなく吸っただろう
けれども私の中にもあり余る世界があって
吸いながら 私も溢れていったのだった
立像の歌
2008年6月1日(日)
自分のいとしい生命をふりすてるほど
私を愛してくれるのは誰だろう?
私のために海に溺れて死ぬ者があれば
そのとき私は石から解放されて
また生命へ 生命へ立ち帰ってゆくのだ
私はそんなにも騒めく血に憧れている
石はあまりにも静かだ
私は生命を夢みる 生きることは楽しい
誰も私をよみがえらせてくれるための
勇気をもつ者はいないのだろうか?
だが もしも私にもっとも貴重なものを与えてくれる
生命のなかに いつか私が甦えるならば・・・
・・・
そのとき私は孤りで泣くだろう
私の石を求めて泣くだろう
私の血が たとえ葡萄酒のように熟れたところで なんの役にたとう?
それは私をいちばん愛してくれた者を
海のなかから呼びもどすことはできないのだ
貧しい者の家は聖餐台のようだ
2008年6月1日(日)
貧しい者の家は聖餐台のようだ
その中で永遠なものが食物となる
そして夕ぐれになるとそれは静かに
ひろい輪をえがいて己れに帰り
余韻にみちておもむろに自分のなかへ入ってゆく
貧しい者の家は聖餐台のようだ
貧しい者の家は子供の手のようだ
それは大人がほしがるものを取りはしない
ただ飾られた触角を持つ甲虫や
小川をくぐってきた円い石を
こぼれた砂 鳴りひびいた貝殻を取る
それは秤のように懸けられ
最もかすかな重量さえも 永くゆれながら
その皿の位置によって告げ知らす
貧しい者の家は子供の手のようだ
そして貧しい者の家は大地のようだ
未来の結晶の破片のように
落ちてゆきながら きらめいたり 暗くなったりする
その貧しさは馬小屋の温い貧しさのようで
夕ぐれとなれば それは一切であり
あらゆる星がそのなかから立ち昇る
成長する輪のなかで私は私の生を生きている
2008年6月1日(日)
もろもろの事物のうえに張られている
成長する輪のなかで私は私の生を生きている
たぶん私は最後の輪を完成することはないだろう
でも 私はそれを試みたいと思っている
私は神を 太古の塔をめぐり
もう千年もめぐっているが
まだ知らない 私が鷹なのか 嵐なのか
それとも大いなる歌なのかを
いま時間は身を傾けて 私に触れる
2008年4月19日(土)
いま時間は身を傾けて 私に触れる
明るい 金属的な響をたてて。
私の感覚はふるえる 私は感じる 私にはできると–
そして造形的な日をとらえる
私が眼にとめるまで何ひとつ完成されてはいなかった
すべての生成がとまっていた
私の眼ざしは熟れている そして花嫁のように
どの一瞥にもその欲する事物がやって来る
何ものも私にとって小さすぎはしない それでも私はそれを愛し
金地のうえにそれを大きく画いて
高く掲げる そして知らない
それが誰の魂を解き放すかを・・・