心身一体

2008年6月29日(日)

あなたが私の 横顔をなぞるから 私は 涙がダイヤになるのだと信じる

あなたが私の 髪に指を通すから 私は 闇は大きな優しい生き物と信じる

あなたが私の 肩を抱き締めるから 私は 青空に翼があると信じる

一輪のガーベラ

2008年6月16日(月)

記憶と忘却と思い出の中で愛し合い
印象と理論の中 日々を過ごし
信条と信仰の中を泳いでいる

踊る僕達の間に 踊る腕の輪の中に
ガーベラの大輪が 虹の様に花開く
灰色の静謐な大気の中
それは赤く それは白く それは黄色い

ガーベラの大輪が 虹の様に花開く
踊る僕達の間に 踊る腕の輪の中に

記憶と忘却と思い出の中
ガーベラの大輪が花開く
赤く 白く 黄色い虹が花開く

失恋

2008年6月16日(月)

黒雲が崩れ 雨が降り出す 私は駆けている 君から遠く 私は走っている 君から遠く 錆び付いた鉄橋 君の鎖骨

重さを支えられず 大雨が降り出す 私は駆けている 君から遠く 私は走っている 君から遠く 君の背中の様な 鉛色の空の下を

黒雲が崩れ 雨が降り出す 私は駆けている 君から遠く 私は走っている 君から遠く 錆び付いた鉄橋 君の鎖骨

重さを支えられず 大雨が降り出す 私は駆けている 君から遠く 私は走っている 君から遠く 君の背中の様な 鉛色の空の下を

雲間から 一条の光が神々しく 一条の光が雲間から 君から遠く ずっと遠く 雨上がり セロの様な雨音を聴いている 雨上がり ずっと雨音が続いている

少女の唄

2008年6月10日(火)

真っ赤な林檎を見詰めていると
真っ赤な林檎を見詰めていると
ゆっくり夕日に透けるから

真っ赤な林檎を見詰めていると
ゆっくり夕日に透けるから
ゆっくり夕日に透けるから

ゆっくり夕日に透けるから
ゆっくり夕日に透けるから
中に恋人見えてくる

日差しの中 水たまりに落ちる水滴の様な笑顔 黄金の麦畑の丘 畝を撫で そよぐ風の様な髪 あの遠い朝 列車の中から見た雪の白さ

幸福な思い出も 悲しい思い出も 深い傷の様に刻まれている 深い傷の中に包まれている 爪痕のついた魂の素顔 何故なら生きることは辛く 嵐の中 枝をもがれた樹 何故なら立ち続けることは苦しい 君と一つになり 僕達は一対の彫像の様に 共に槌に欠け 共に刃に砕かれている それは僕を僕とし 僕達を僕達とする証 それは僕の 僕達の心

やがて抉られた傷口から血が一滴 ゆっくりと樹液の様につたい 朝露の様に 曙の光に涙が輝く すると そこから生まれるのだ 一編の詩が 一個の旋律が 一人の赤子が 僕達の歓喜が

立像の歌

2008年6月1日(日)

自分のいとしい生命をふりすてるほど
私を愛してくれるのは誰だろう?
私のために海に溺れて死ぬ者があれば
そのとき私は石から解放されて
また生命へ 生命へ立ち帰ってゆくのだ

私はそんなにも騒めく血に憧れている
石はあまりにも静かだ
私は生命を夢みる 生きることは楽しい
誰も私をよみがえらせてくれるための
勇気をもつ者はいないのだろうか?

だが もしも私にもっとも貴重なものを与えてくれる
生命のなかに いつか私が甦えるならば・・・
・・・
そのとき私は孤りで泣くだろう
私の石を求めて泣くだろう
私の血が たとえ葡萄酒のように熟れたところで なんの役にたとう?
それは私をいちばん愛してくれた者を
海のなかから呼びもどすことはできないのだ

貧しい者の家は聖餐台のようだ
その中で永遠なものが食物となる
そして夕ぐれになるとそれは静かに
ひろい輪をえがいて己れに帰り
余韻にみちておもむろに自分のなかへ入ってゆく

貧しい者の家は聖餐台のようだ

貧しい者の家は子供の手のようだ
それは大人がほしがるものを取りはしない
ただ飾られた触角を持つ甲虫や
小川をくぐってきた円い石を
こぼれた砂 鳴りひびいた貝殻を取る
それは秤のように懸けられ
最もかすかな重量さえも 永くゆれながら
その皿の位置によって告げ知らす

貧しい者の家は子供の手のようだ

そして貧しい者の家は大地のようだ
未来の結晶の破片のように
落ちてゆきながら きらめいたり 暗くなったりする
その貧しさは馬小屋の温い貧しさのようで
夕ぐれとなれば それは一切であり
あらゆる星がそのなかから立ち昇る

もろもろの事物のうえに張られている
成長する輪のなかで私は私の生を生きている
たぶん私は最後の輪を完成することはないだろう
でも 私はそれを試みたいと思っている

私は神を 太古の塔をめぐり
もう千年もめぐっているが
まだ知らない 私が鷹なのか 嵐なのか
それとも大いなる歌なのかを